Ball Parkに住むウサギ

野球ブログです♪
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感謝

2011年12月28日

今年もいよいよあと三日となりました。

一年間
たくさんの方がブログを訪問して下さり
毎回温かいコメントもいただき
感謝の気持ちでいっぱいです。


家族、友人、仲間たち

たとえ一期一会の出会いであっても
ひとときを共に過ごし触れ合ったあの人この人

そしてもちろん
このブログを通して知ることのできた皆様との楽しい語らい

温かい人と人との絆やふれあいを
今年ほど大切に思った年はありません。

3月11日
未曾有の大震災・・・

プロ野球の開幕も紆余曲折を経て
ジャイアンツのオープニングゲームは
本拠地東京ドームからはるか西、山口県宇部市で行われました。
順調なスタートを切ったかに見えましたがその後は低迷
10月31日
CSファイナルステージ進出ならず神宮球場ですべての戦いを終えました。

私が選ぶ今シーズンのベストゲームは
10月12日・阪神戦(東京ドーム)
エース内海哲也が力投10回を投げ抜き
その姿に燃え高橋由伸がサヨナラ3ランで決めたあの試合です。
その時の記事はコチラから

来季に向けて大型補強を敢行したジャイアンツ
勝って当たり前と言われますが
何が起こるか予測がつかないのが野球というスポーツ
心に残るゲームがたくさん観られることを楽しみにしています。


夏にはブログの中で一生懸命応援してきた
ビーチフットボールチーム・横浜アンナミラーズの熱き戦いがありました。
BPを訪問して下さる皆さんと一緒に応援できたことも楽しい想い出です。
インターネット上という特殊な環境下ではあっても
「心と心は通じ合う」のだ、と強く感じました。
「最後の挑戦・最終章」はコチラから


同じく7月
女子サッカーW杯がドイツで開催され
なでしこジャパンに感動を与えてもらったことも忘れられません。
真夜中の決勝戦
感動の表彰式
夜空から金色に輝く無数のキラキラ星が
澤キャプテン、宮間、鮫島、岩清水、川澄、丸山、ファインセーブ・海堀、リトルマナ
みんなの肩に降り注いだあの光景を今でもはっきりと思い出すことができます。
とても可愛かった“ハワイさん”こと川上直子さんの絶叫
ちょっとユニークなオシャレを見るのが楽しみだった大竹七未さん
解説者お二人の声や姿も私の中ではハナマルです。
「なでしこ達の煌き」コチラから


9月には楽しみにしていたラグビーのW杯がニュージーランドで行われました。
勝ってほしいチームはひとつも勝てなかったけど
初めて見た世界の技術・迫力
ラグビーの魅力をまた一段と高いレベルで教えてもらったような気がします。
「ラグビーW杯を観て」はコチラから


オマケ
ブログもいつも真面目なばかりでは面白くないかなと思って
新たに恋愛小説・・
じゃなかった野球小説にも挑戦しました。
身内の読者さま総出演の大河ドラマとなっており
皆さまからもご好評をいただきましたが
平塚球場での初の対外試合
4回表を終了したところでパタッと中断中。
年明け、近日中に再開予定です。(多分)
Rabbitsの船出はコチラから



生きていること

笑顔でいられることに感謝して

2012年も

ジャイアンツを、ラグビーを、サッカーを

明るく楽しく語っていけたら幸せです。


そして

たまには『海風に吹かれて~湘南・海風Rabbits』も書こうかなと思っています。


<うさぎ年にV>という願い叶わず
卯年に勝ったのはドラゴンズ
だとしたら
辰年の優勝は?

法則からいけば
ジャイアンツであることは疑いようがありませんね!

あの選手、この選手
たくさんのG戦士たちが躍動し
チームが頂点に輝く2012年となりますように。

頑張れ、ヨシノブ!

皆様、どうぞよいお年をお迎え下さいね。


一年間、本当に本当にありがとうございました。
<Ball Parkに住むウサギ>  薫


P.S.
2012年になりましたら
Read moreを開いてお読み下さいませ。
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やっぱり書いておきます。 【追記・お知らせ】

DeNA 3x-1 巨人
(HARD・OFF ECOスタジアム新潟)

書かないでおこうとも考えたけど
やっぱり思ったことを素直に書いておきます。


8回表のあの場面のこと。

1-1の同点
ベイスターズのマウンドには左の大原投手

先頭の3番長野が四球で歩きました。
ノーアウト1塁

ここでベンチは4番の阿部に送りバントのサインを出しました。

僅差の勝負、統一球導入で球も飛ばない
4番と言えどもバントで送り、繋ぐ野球をする。

そのこと自体は否定しないしそのような戦い方をするべきかもしれません。


でも今日のあの場面、一死2塁の場面を作ったとしても
右の村田
左の由伸
左の小笠原と続くジャイアンツの並びからして

当然、相手は村田敬遠策を取りますよね。

6番・7番と左が続いていますし
わざわざ右投手を出して村田と勝負するよりも塁を詰めて次打者と勝負
そうベイスターズベンチが選択するのは素人が考えても分かります。

もちろん原監督も当然、そこは読んでいたと思います。
その上で、由伸、小笠原に懸けたということですね。

結果は最悪のゲッツーで得点なりませんでした。

打てなかった由伸が一番情けないし応援してるファンも悔しいです。


でもジャイアンツベンチ、原監督の選択はあれで本当によかったでしょうか?

今日ノーヒットだったとはいえ
前の試合では2本のホームランを打っている阿部の打席を犠牲にし
村田は最初からノーカウントの打席。

4番、5番で一つのアウトをあげて勝負も避けられて
谷選手がスタメンの時にはこれといった打てそうな右の代打もいません。
左対左であろうが
6番、7番にすべてを懸ける。

「さぁ打ってみろ、打ってくれ!」と期待を一身に浴び
6番打者にはもの凄い重圧がかかりますね。

監督はそんなに由伸のことを信頼し、期待してくれてるの?

これまでの起用法、これから予想される起用法を考えたら
そんな風にも思えないひねくれ者がここにいます。


決して結果論じゃないんです。
二人のうちのどちらかが打つことに懸けても良かったんじゃないかと
あの時、阿部慎之助がバットを倒した瞬間に思いました。

二人が打てなくても2アウトじゃないですか。
そこから由伸に期待してくれてもよかったじゃないですか。
場面が変われば結果も違ってきます。

ゲッツーが恐かった?
塁を詰められてのゲッツーよりも遥かに確率は低かったと思います。

走者1、2塁よりも
一塁手がベースに付くランナー1塁の方が
左打者のヒットゾーンだって広がるはずなんです。


そりゃあ、あの場面で打てれば最高
打てなかった選手の力がないだけ・・
そうかもしれないけど
どうしても納得がいきませんでした。


【追記】 お知らせ(4月19日)

ウサギはしばらくの間、『隠れ家』の方で活動します。

相変わらず更新頻度は高くありませんが
ウサギが元気でいることを確認していただけたら嬉しいです。<薫>
『ウサギの隠れ家』


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頑張れ~~~!!!

2011年10月12日
巨人ー阪神 (東京ドーム)
延長10回裏 サヨナラ3ラン


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頑張れ~ヨシノブ!
ずっと応援してるよ~~
ずっとずっと好きでいるからね~~~!!!

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1イニング4奪三振! 追記・萩原智子さん出演番組のお知らせ

DeNA 0-6 巨人 (横浜スタジアム)


昨日のゲームで澤村拓一が達成した記録

本当に素晴らしいと思いました。

1安打完封も凄かったけどもう一つの記録

「1イニング4奪三振」の方です。


中継の中でもさほど声高に言われるわけでもなく
今朝の報道を見ても
いわゆる「珍記録」としての扱いさえ受けていました。

だけどこの記録、そんなに簡単なものではないですよね。

その昔
オールスターで江川卓投手が
江夏豊投手の9者連続三振の記録を破るにはこれしかないと考え
『三振振り逃げを挟んだ10者連続三振』を狙い欲をかき
結局8連続で終わってしまったというウソのような本当のような
どちらともつかない笑い話を聴いたことがあります。
まぁ多分
カーブを打たれてしまったことへの後悔を認めたくなかった江川さん独特のジョークだと思いますが。


珍記録と言われるくらいですから
確かに偶然の部分も含まれる滅多にない記録ではありますが
投手としての力量がなければ例え下位打線と言えども
4者連続でしかも全員空振りの三振(2人目)に抑えることなど出来ないと思います。

プロ野球史上14人目(セリーグでは過去7人)の記録
しかもそのイニングの打者4人すべて三振は6人目。

日本プロ野球界でノーヒットノーランを達成した投手は
つい最近の広島・前田健太投手を含め74人(1人複数回含み85回)
完全試合でも15人が達成しています。

もちろんどっちが嬉しいかと聞かれれば
どんな投手でもノーヒットノーランやパーフェクトがいいに決まっています。

でも昨日のこの1イニング4奪三振という記録も
過去僅かに14人!
珍記録と片付けられるような簡単なものではなく
そこにはしっかりとした実力があってこそのものだという気がしました。


二年目のジンクスという声や
オフに取り組んだ肉体改造に対する否定的な意見のある中

「そういう不安の声は、逆に僕のモチベーションになります。2年目のジンクスと一緒に、ぶち破りたいと思います」と発奮。

500ページを超える「プロメテウス解剖学」という筋肉の構造などが書かれた専門書を読破。
さらに、筋トレの方法や身体のケアに関するノートも自分で作って研究。

雨中の熱投となった昨日のゲームでは
着替えすぎて最後はアンダーシャツがなくなってしまうほどの熱い姿を見せ
半そで姿で投げ抜きました。

最終9回に最速152キロを記録、150キロ超も7球。
これまで課題とされてきたスタミナ切れにも対応できていたように思います。


ユニフォームの袖からのぞくむき出しの逞しい右腕が
本当に頼もしく感じられて
ジャイアンツの未来を支えてくれる一人だと確信した横浜の夜でした!




追記
前回の記事で書きました、競泳の萩原智子さんを取材した番組が
明日、放送されます。

4月15日 夜0時45分~
テレビ朝日『GET SPORTS』



ハギトモさんからのメッセージ
「最初から最後まで、取材をし続けてくれた菊岡さんが、私の作品を放送してくれます。
昨日も、最後のインタビューを受けました。
ん~気持ちの整理が出来ていないので、正直、うまく話せなかったです。
でもそれが、今の私の気持ちかな・・・
お時間のある方は、ぜひ。(*^_^*)」

一部地域では見られないと思うのですが
ご覧になれる方は是非彼女の頑張ってきた軌跡を見てあげて下さいね。

番組HP
GET SPORTS
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タッチに込めた想い

萩原智子さんのことを覚えていますか?

2000年のシドニーオリンピック
当時20歳だった「ハギトモ」さんは
彗星のごとく現れた日本女子水泳界のホープでした。

メダルを期待され挑んだ200メートル背泳ぎ決勝
2分11秒21
わずかにメダルに届かず4位に終わりました。

このとき3位に入ったのは同僚の中尾美樹選手
中尾選手のタイムは、2分11秒05

その差は100分の16秒でした。

100分の16秒がどのくらいの瞬間か
くどくど言うまでもありませんが瞬きも出来ないほどの一瞬ですね。


オリンピックでの3位と4位
天と地の差があると言ってもいいかもしれません。
瞬きの一瞬、まさにタッチの差でこぼれ落ちてしまった銅メダル。

涙の中で、それでも笑顔で中尾選手を祝福する智子さんの姿が印象的でした。


あれから12年
さまざまな苦難を乗り越え
二度目のオリンピックを目指し臨んだ全日本選手権

ロンドンオリンピック代表選考会を兼ねるその大会
智子さんにとって最後のレースとなった50メートル決勝が行われたのは4月8日でした。
奇しくもちょうど一年前の4月8日は
彼女が大きな病に直面し手術を受けたその日だったのです。



振り返ればシドニー五輪後、2002年の日本選手権では
100メートル自由形、200メートル自由形、200メートル背泳ぎ、200メートル個人メドレーの個人4冠に輝いています。

しかしその後2004年に引退。

転機は2008年に訪れます。
スポーツキャスターとして取材側に立ち観戦した北京五輪の開会式

「もう一度やるんだ、私は泳ぎたい!」
そう思った開会式の翌日にはもう選手としての目線で競技を見つめていたそうです。


2009年
5年ぶりに競技に復帰
20歳だった彼女はすでに29歳となっていました。

アスリートの競技年齢、特に競泳の場合ピークは10代後半と言われますね。
最近では練習方法や体力向上から年々競技年齢も高くなり
20代後半の選手でも自己記録を更新するなど年齢だけでは計れないものも確かにあります。

しかし、ブランクのある彼女が大きな舞台で戦えるようになるには
並大抵の努力では叶わないであろうことは想像できますね。

きっとそこにはひたむきな努力があり
流した汗や涙も決して少なくはなかったと思います。


復帰の翌年には早くも日本代表チームに復活。
アジア大会の400メートルフリーリレーで日本新記録
ワールドカップ東京大会の50メートル自由形(短水路)では
永らく破られていなかった日本新記録を12年ぶりに更新しました。

誰もがその復活劇を賞賛し喜んだ2011年病魔が襲ったのです。

子宮内膜症と卵巣のう腫を発症。
良性とはいえ女性にとっては辛い病名です。
彼女は急遽日本選手権への出場を取りやめ、手術を受けました。

そして、一人でも多くの人がこの病気の早期発見をしてほしい
救われてほしいという思いから
病名を公表し多くの女性に早期検診を呼びかけたそうです。

そのことが報道された時のことを私もよく覚えています。
頑張っていたのにもう引退するのかな・・と感じていました。


しかし彼女はあきらめませんでした。

「私、もう一回、泳ぎます」と決意。
再びロンドン五輪を目指した闘いが始まりました。

けれど、長いブランクを経て復活した前回よりも更に厳しい現実が・・

手術によって、腹筋も背筋もこれまで積み上げてきたものはゼロに戻りました。
そこからもう一度気持ちを入れ、身体を作り直しオリンピック出場に懸けたのです。

通常であれば普通に泳ぐことすら難しいと言われる手術後そう間を置かず練習復帰。
ホルモン剤の投与の影響でまともに練習できないこともあった数ヶ月を経て

薬の副作用に悩まされながらも
不屈の闘志を持ち
2月の短水路日本選手権で日本新記録を更新。


そして4月
運命の五輪選考会、日本選手権がやってきました。


4月6日の100メートル、決勝8位・・・

それでも彼女はあきらめません。
翌日・翌々日の50メートルにすべてを懸けました。


皆さんはこのレースをご覧になりましたか?
好スタートから前半途中まではトップ
最後の最後まであきらめず
「ロンドンに行きたい!」その夢を叶えるために全力を出し切りました。

わずか25秒
50メートルのレースは一度しか息継ぎをしません。
ゴールタッチの瞬間、激しく水しぶきが上がり
みんながほとんど同時にゴールしたようにさえ見えました。

しかし無情にも順位がつけられ
電光掲示板の智子さんの位置は上から5番目、
オリンピックの夢は叶いませんでした。


レース後、彼女の指にはアザができていたそうですね。

水中に設置するゴールのタッチ板の表面には水の圧力を吸収する小さな穴があいていて
激しくタッチした勢いで指にその跡がつきアザを作ってしまったのだそうです。


12年前、わずか100分の16秒差で届かなかった銅メダルへのタッチ。
長いブランクも病魔も乗り越えて
今、もう一度あの舞台に立ちたいという想いを込めて
アザが出来るほどの強いタッチをした萩原智子さんの想いに目頭が熱くなります。


復帰レースからわずか8カ月。
コーチは「あと3カ月あったら、絶対に絶対に間に合ったのに」
と無念さを隠さなかったそうです。


選考会を終えて彼女はブログにこう記しています。
「諦めないで泳いできて良かった。
最高の舞台で、一発勝負にチャレンジ出来る幸せ。
応援してもらえる喜び。
すべての気持ちを込めて泳ぎました。

50mのレース、私の精一杯を出し切りました。
この一年、本当に充実していたし、濃密でした。

私が、元気にスタート台へ立ち、真剣勝負出来たのは支えて励ましてくれた皆さんのおかげ。
最後の最後まで、私を信じて応援して下さった皆さん・・・
本当にありがとうございました!」



日本選手権最終日
選ばれた選手を代表して松田丈志選手のスピーチがありました。

「オリンピックに出たくても出られなかった選手もいます。
その選手の気持ちも全部、僕たちがロンドンに持って行きます!」


智子さんの想いも連れて行ってもらえますね。


アマチュアに引退はないと言う彼女
これからも
引退するつもりもないし、大好きな水泳を続けていく予定だそうです。
その理由は
「だって・・・泳ぐのが楽しいんだもん!」


次の夢
「ママになること」に向かって頑張る智子さん
可愛い赤ちゃんをその胸に抱く日がきっと来ますように!
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